イタリア 万歳

ナチュラルライフが信条のイタリアで、
今、自然酵母のパンがブームです!
(text & photo by 岩田砂和子)

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イタリアのトラットリアやリストランテでは、席に着くと同時に小さなカゴに盛られたパンがテーブルに無条件に置かれます。このパンは、「Copertaコペルタ」と呼ばれる席料の中に含まれており、パスタを頼もうがリゾットを頼もうが、何はともあれ用意されるもの。聞くところによると広島辺りではお好み焼きをおかずにゴハンを食べたり、大阪辺りではうどんと一緒に小盛りのゴハンが出されることもあるそうですが、「炭水化物×炭水化物なんて!」とつい驚いてしまう関東人の私も、このイタリア式炭水化物×炭水化物には慣らされてしまい、最近ではテーブルにパンがないとほのかに淋しい気持ちに。それだけパンはイタリアの食卓にはあって当たり前、なくてはならない存在なのであります。

食卓に並ぶパンは、いたってシンプルで、同じヨーロッパながらフランスなどで見かける形もかわいらしいバターのたっぷり入った「ステキなパン」たちとは一味違い、さりげなく生活の中に入り込んでも気づかない地味目の味や形や色のパンが多いものです。日本のリストランテで出されるように、オリーブオイルをかけて食べることもありますが、それもあくまで主役はオリーブオイル。「俺はいいんだよ。」と常に脇役に納まろうとするあたりは、無骨で男らしくもあります。

フィレンツェではかの有名な塩無しのパンPane toscano(トスカーナのパン)、トリノでは棒状のGrissini(グリッシーニ)、南イタリアではサクサクのTaralli(タラッリ)などなど、日常食されるパンは、地方によって微妙に異なります。トスカーナ地方のパンにはなぜ塩が入っていないかと言えば、かつては塩が貴重でなかなか手に入らなかったからだとか、トスカーナの食材は塩が濃いからバランスを取るためだとか、なぜトリノでグリッシーニが生まれたかと言えば、かつての王侯貴族がエレガントにパンを食するために開発されたのだ、などと、日常ご当地パンにはそれぞれ「そこに存在する理由」があり、主張は控えめなだけど語らせるネタは持っているなかなかニクイ、イタリアのパンたちなのです。日常生活の中では、パンも男もこのタイプに限りますよね。

香ばしい焼き立ての香り漂うPanificio(パニフィーチョ)やPanetteria(パネッテリア)と呼ばれるパン専門店では、最近、そんなご当地パンの他に「Lievito naturale(リエヴィト・ナトゥラーレ)」と表示されたパンをよく見かけるようになりました。それは、いわゆる自然酵母を使ったパンのこと。焼き立てのパンに立ち上るピュアな香ばしさ、外連味のないほのかな酸味は噛めば噛むほどに味わい深く、それはまさにイタリア人たちにとって「いつか食べたおばあちゃんの味!」がするそうで、どの店も毎日限られた数だけ作られることもあり、早く行かなきゃなくなっちゃう!ほどの人気ぶり。

イタリアでは、自然酵母は本来先祖代々から受け継ぐもので、その元になる酵母は「母なる酵母」Madre Lievito(マードレ・リエヴィト)と呼ばれ、毎日水や小麦粉を加えて育て、日々のパン作りに使われていたそうです。しかし、管理の手間もかかるし、かつてのように毎朝家庭でパンを焼く習慣が消えつつある今では、もはやその存在そのものが貴重となってしまいました。なんとか大切にしてきた家庭では、「実はこれ、180年物なのよ。」なんてお宝扱いをしたり、「ああ、母の代で終わりにしてしまった。残念!」と後悔する人もいたり。ここのところの自然酵母ブームで、母なる酵母の株も急上昇。悲喜こもごもが起きています。伝統の国イタリアでも、家庭レベルの伝統を受け継ぐにはそれなりの努力が必要な時代になってきているわけです。

「母なる酵母」、ついつい「おばあちゃんのヌカ床」を思い出してしまいますが、ヌカ床同様に「母なる酵母」も株分けもできるため、友達の家にあった母なる酵母を分けてもらい、育ててさらに別の友達に分ける…なんてのも巷のブーム。ブームに乗って先日分けてもらった「母なる酵母」は、我が家の冷蔵庫で…すでに終わりました…。美味しく正しく伝統的に暮らすってのは、本当に難しいもんです。

ワンポイントイタリア語講座

意味: 自家製パン

手作りパンは「casareccio(カザレッチョ)」などの言い方もあります。手作りパンの中でも釜焼き「al forno a legno(アル・フォルノ・ア・レーニョ)」が最高峰。釜焼きパンは裏には灰が少しついていることがありますが、それは釜焼きの証拠でもあり、喜ばしい印でもあります。もしそんな灰を見つけても「汚れてる!」などと思ってはいけません。